2011年3月19日土曜日

「仕事はパズルだ!!」

もう、はるか昔だが、現役真っ只中にいる頃、周囲の人にも「仕事はパズルだ!!」と言いながら、実は、自らに言い聞かせながら、本当は、ちっぽけなことも、自分は、難問だと、結構真剣に取り組んできたように思います。
でも、結局、仕事で、遊んで、楽しんでいたのかもしれません。

11日に発生した「東日本関東大震災」は、正真正銘の難問を、日本全体はもちろん世界にも突きつけています。
こんな時に、15日の読売新聞の囲み記事<津波で「我欲」洗い落とす必要ある>石原都知事の物議をかもす発言が出ている。
「震災に対する日本国民の対応をどう見るか」と報道陣に問われ、「スーパーになだれ込んで強奪するとかそういうバカな現象は、日本人に限って起こらない」さらに親が亡くなったことを長年隠し年金を不正受給していた高齢者所在不明問題に言及し、「日本人のアイデンティティーは我欲になった。政治もポピュリズムでやっている。津波をうまく利用してだね、我欲を1回洗い落とす必要があるね。積年たまった日本人の心のアカをね。これはやっぱり天罰だと思う」と語り、「被災者の方々はかわいそうですよ」と続けた。」とある。
その後の記者会見で「『天罰』は不謹慎では」と質問が相次いだという。
誰が見ても、聞いても不謹慎だ。

翌日の読売新聞に早速「『天罰』発言を都知事が謝罪」とある。
いつになく、あの石原都知事があっさり非を認めた。
都によると、この発言に対してメールや電話による意見や抗議が殺到していたと言う。

その会見の場にいたわけでなく、新聞、テレビ、ネットの情報で言うのもなんですが....

石原都知事の発言は、自分サイドの強面の論で、いただけない。
しかし、ただ単に、いたずらに、感情的になって、その発言の中にある本質的な部分をすべて無視してしまうのは、かえって、危険ではないだろうか。

まず、石原都知事の手前勝手な論を指摘しておきたい。「日本人のアイデンティティーは我欲になった」の論拠が、この記事では、高齢者所在不明による年金不正受給にあるようだ。
日本人のアイデンティティーを云々するには、話が細かい。第一、このことを問題にするなら、行政の管理責任をまず問題にすべきではないか。

確かに、不正受給した方に問題と責任があるが、国民から預かっている大事なお金を適正に管理する責任が行政にはある。管理が甘いから、罪びとをつくってしまったという管理責任があるのだ。
このような管理責任を抜きにして、年金不正受給をあげつらうところが手前勝手な論と指摘するゆえんだ。

問題は、こんな細かい視点ではなく「日本人のアイデンティティーは我欲になった」と指摘されて一言も反論できないのは、何か。
最大の論拠は、日本国が世界最大の財政赤字を抱えていることだ。長年、日本国は、収入以上の支出で運営してきたのだ。まさに、企業で云えば、経営者不在だ。放漫経営そのものだ。
日本国の構成メンバーであるわれわれ国民もいいわいいわで来てしまった責任もあるが、なんと云っても、今までの日本国の経営幹部の猛省が必要だ。
高校野球の女子マネージャーですら、ドラッカーを学習しているのだから、もう少しまじめに、「マネジメントの父」にマネジメントを教えてもらったらよいのではないか。

勘違いしてはならない。神様がいるとすれば、「天罰」は、日本国全体に下されたものだ。被災者の方々に直接的な犠牲を引き受けていただいたのだ。
とすれば、われわれ日本国、日本国民のやるべきことが見えてくるはずだ。

ところがである。レベルの低い政治家の中に、これで、増税がやりやすくなったと考える声が出ていると言うのだ。かと思うと、学者は、10兆円の国債を出して、日銀に引き受けさせるのが正しいと言い出す始末だ。

東電の計画停電は、確かにいろいろな問題を惹起しました。しかし、発電できる範囲しか、送電できませんと極めてシンプルだ。もう少しクレバーなやり方もあるだろうと、生活者として、企業として、いいたいことは山ほどあるが、ぐっと我慢して、みんな節電に励んでいるのだ。

日本全体に下された『天罰』であるから、真っ先に、被災地の復興にお金を回さなければならない。その時、計画停電の痛みの経験は象徴的である。
被災地のいち早い復興を果たしながら、我欲の塊である財政赤字の解消に目途をこの際つけるのが『天罰』に対する正しい対処の仕方ではないか。

日本国のトップマネージメントのやるべきことは、二律背反のように見えるこのパズルに対するグランドデザインを画き示すことです。

シンプルに考えましょうよ。基本は、収入の範囲しか、支出できないということです。確かに、いきなりそんなことをすれば、日本経済は、無謀な手術によって、ショック死してしまいます。

『天罰』が下って、これだけの犠牲を払ったのですから、これを活かさないと、被災された方に本当に申し訳が立たないように思います。

まず、自らの生活をシンプルにすることからはじめます。